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2012年 01月 28日
前回の続き。 ということで、話は昨年11月20日のチェンマイへ戻る。 チェンマイ滞在三日目。 2010-11年に活動した同期フェロー(様々な分野の専門家=研究者、活動家、芸術家など)の活動報告が、この日からから始まる。 例年このカンファレンスでは、様々な領域の専門家の活動報告を通して現代アジアの共通の課題を発見/検討することを目的としているとのことだ。我々今期のフェローたちにも、そのコンセプトは事前にアナウンスされていた。自分としても、今回のカンファレンスの主題は「Culture, Power and Practices: The Globalization of Culture and Its Implications for Asian Regional Transformations」(「文化、力、実践:アジアの地域の変化への文化のグローバル化の関連/影響」)で、この下にそれぞれ異なるフェローの活動を5-6人のプロジェクトごとに括ったパネル・タイトルが以下のように設けられている。 パネル1:Multiple Modernities: Globalization in Asian Context(多様な現代性:アジア的文脈におけるグローバリゼーション) パネル2:Potential of Local Knowledge and Practices: A Possibility for Sustainable Development(ローカル・ナレッジと実践の潜在力:持続的開発の可能性) パネル3:Multiple Identities via the Globalization of Art, Media and Performance(アート、メディア、パフォーマンスのグローバル化を通して考える多様なアイデンティティのありかた) パネル4:Multiple Identities via Spirituality, Histories and Cultural Re-Presentations (精神性、歴史、そして文化的表現を通して考える多様なアイデンティティのあり方) パネル5:Flux and Flows of People, Power and Practices: Issues Relating to Social Justice(流動する人、権力、実践:社会正義と関わる諸問題) 自分の活動は「パネル2」に組み込まれていた。発表の順番は初日の一番最後。講演は一番最初か一番最後がやりやすい。 インドネシアの都市(スラバヤ市)を一例に、急速な経済発展の途上にあるアジア諸国の都市がそのローカルな都市居住の知恵と伝統の蓄積を放棄することなく(かといってノスタルジアの殻にも篭ることもなく)、いかにして未来のグローバル都市として自らを再開発してゆけるか、というテーマに取り組んで来た自分の活動は、調査研究と社会実践の両方の連携によって成り立っている。おそらくそれぞれの立場(学術研究者、社会活動家)のどちらから見ても、この両方に乗っかるやり方は奇妙に思えるだろう。でも、建築/都市というものの最前線を探る活動は、このような「二股」的な動きからしか実現しないだろうとおもう。建築/都市は探求の対象であると同時に、活動の対象なのだから。 ともあれ、一人20分という時間制限はまあ厳しいものだったけれど、なんとかプロジェクトのアウトラインと精神は伝えられたように思っている。 画像は、翌日のセッションのもの。こんな感じで、続く数日間の発表と議論は粛々と進められていった。 ![]() 2012年 01月 18日
数多の国際会議の例に漏れず、このAPI(Asian Public Intellectuals)フェローシップ・プログラムのカンファレンスでも、遠方から集まる参加者は手厚いホスピタリティで歓迎される。宿舎はチェンマイ郊外に位置するヴィラ形式のリゾートホテルで、会議場も敷地内に併設されている。広大な敷地には手の込んだ造園が施されており、またリゾート施設には珍しく水田耕作地や家畜飼育場もある。奇妙に思い会議スタッフに訪ねたところ、このリゾートはタイ農水省の高級官僚が退職後に始めた、アグロツーリズムをテーマとするホテルリゾートとのこと。門外漢の自分はこのトピックについて不確かにしか理解していないけれど、タイでは国王自ら陣頭指揮を執り(「キング・プログラム」という)、農村(農業)再興についての政策を進めているそうだ。特にタイ北部の市民生活の問題(貧困や人身売買など)の多くは、農村の復活とともに解決に近づけると見込まれているのだろう。会議スタッフに、空港にはキング・プログラムの物販所があったはずですがと訪ねられたが、自分が到着ロビーで見たのはバーガーキングだけだった。 この日は、明日から始まる本会に備え、以下のステップに従い頭と躯を休めることにする。 1)まず、当然マッサージ。リゾート内に本格的なスパを見つけ、そこで一時間半たっぷりと躯をほぐしてもらう。 2)次は、プールサイドで日光浴+読書。これも南国リゾートの楽しみの一つだ。今回の読み物は、詩人金子光晴の「どくろ杯」。彼のアジア漂流の経験が美しく精密な日本語で書かれている。言葉の美の頂点とともに読み手も旅を漂う「マレー蘭印紀行」とは異なり、老詩人の達観と諦観のどちらもあるこの回想録は様々な「教え」も得られるものだ。 ところで、いつも思うのだけど、文字を読みながらウトウトと眠りの戸口を出入りするのは、なんいう極上の快感なのだろう。 3)屋外での読書(というか昼寝)を適当に切り上げ、部屋に戻る。ルームサービスのタイ飯とキンキンに冷えたビールを一気に胃に入れ、こんどはベッドの上で読書の続きに入る。テラスに続く大きな窓を開け放つと、すぐ目の前に農業用水路とがながれている。その向こうは遠くへ続く水田。時折水路からはじける水音が聞こえる。木の実が落ちたのか、小魚が飛んだのか。遥か彼方の耕作機の唸りが南方の午後の風に希釈され、眠たい耳に流れ落ちてくる。 このように緩やかな日中を過ごした後で、ようやく本カンファレンス参加者全員によるレセプションである。まずは夕方から屋外庭園でカクテルパーティが開催される。インドネシアで暮らした経験がまだ躯に染み付いていたようで、すっかりノンアルコールのパーティと勝手に思っていたが、当然そんなことはなく各種アルコールが用意されている。ああ、南国の酒は旨し。 屋外の歓迎パーティは集合写真の撮影を持って閉会となり、その後は屋内の会場にて歓迎式典とディナーである。このリラックスしすぎた一日からは、明日から数日にわたりおこなわれる研究成果発表会という真剣な場の状況は全く想像できない。でも、頭脳のポテンシャルを最大限に引き出すにはそれでよし。各人の発表の制限時間は20分と短いし、大抵そういう場合には台本の読み上げでは上手くいかない。発表資料(スライド)の流れや構成が頭に入っていさえすれば、あとは臨機応変にスピーチを組み立てられる。自分は翌日の最終発表者だ。 ![]() The 10th Regional Workshop of the API Fellowships Program, Chiang Mai, Thailand 2012年 01月 17日
今回のカンファレンスのためにタイ国滞在を訪れたのは昨年11月18日だから、ちょうど今から二ヶ月ほど前のことだ。わざわざいま振り返ろうとしているのは、日本の乾いた寒さを一時忘れたいからということと、なにより南方の穏やかな雰囲気を未だ自分の躯が忘れがたく感覚していることを理由としている。耳を澄ませば様々な気配が彩り豊かに聞こえてくる東南アジアの空気はいい。 早朝の便で成田を発ち、バンコクで乗継いだ後にチェンマイへ辿り着く。到着は日没後。やはり、と言うべきか、生暖かい現地の空気に触れるなり、しばらく抱えていた胃の不調が霧散する。咳も落ち着き始める。躯は現金なもので、最適環境に舞い戻った事をしっかり知覚している。 カンファレンス主催者サイドが、空港へ迎えを出してくれているのが有り難い。同日同時刻の到着は、自分以外はフィリピンからのフェロー(研究員)達だ。彼らとホテルのシャトルバスに乗り合い、宿舎へ向かう。車中では互いに紹介し合い、雑談を楽しむ。これから数日間、同じ釜の飯を食いながら知の交流を図る仲間たちだ。少しだけフィリピン訛りの米国英語が車中を飛び交う。南方英語は楽しげに響く。 シャトルバスは闇夜をひた走る。空港から出てしばらくすると中心市街地らしきところを通過したように思ったが、いまはところどころにビルボードが立つ幹線道路を校外に向かっているようだ。ちらほら民家や商店も道路に面して建っているが、道路の外は畑か雑木林らしい。アジアの片田舎の、どこにでもある風景だ。 日本人の自分が、タイの片田舎で、フィリピンから来た様々な領域の研究者たちに、インドネシアの僻地での活動の話を紹介する、というこの混乱した場面が楽しい。そういえば、日本を出る直前に友人のロンドン在住の建築家(スペイン人)と批評家(フィンランド人/実家はオーストリア)のコンビに誘われて東京で簡単な講演をさせてもらったけれど、そこも似たノリの場だった。居住地と国籍(そして過去に暮らしていた場所も)に何の統一もない様々な領域の専門家が一同に会し、都市の未来についての関心や情報をインフォーマルに交換する楽しい社交の場だった(話していたのは、「公共空間」の近未来ってなんだろ、ということ)。おそらく、どんなに多国籍の人材でそのばが構成されていようが、これはたぶんインターナショナル(国際)という人の交わりではない。国家という枠組みに基づく「インター」なんか実はどうでもよく、重要なのは、もっと単純に、取り組むべきテーマやそこに見いだされた自発的な責任の中で醸成・加速する人材の交差だ。鐘や太鼓で国際化の手がかりを探さなくたって、すでに様々な次元で繋がった世界においては、人間に共通する重要な課題に目を向け共鳴してゆく事で、広い外部の友人たちの出会いや連携が生成されるはずだ。ともあれ、こういう場の多くでは自分の立ち位置を国家や自分の所属(会社や学校)という枠組みに詰め込んで背負う/気負う必要は、基本的にない。この気楽さも、胃に優しい。 ![]() Suvarnabhumi International Airport, Bangkok, Thailand |
岸健太(建築家) / Kenta Kishi (architect)
LWL (Lab. for the wonderlandscape) 代表
![]() 今日の眺めのメモランダム / memorandum of today's wonderlandscape by Em_garden カテゴリ
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